diary

how far can excuses go?

2019年も今日で最後となりました。

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

幼いころに比べて随分と時間が経つのが早く感じるようになり、そのせいで1年の重みを感じることが少ないまま新年に突入しているような気がします。

小さい頃はもっと、色々なことが特別でした。

4月のクラス替え、5月の運動会、6月の雨の水溜まり、7月のプール、8月の夏休み、9月の文化祭、10月のお月見、11月の焼き芋、12月のクリスマス、1月のお正月、2月の雪遊び、3月の雛祭り…………。

1年の中で唯一12時まで起きていていいとされる大晦日の日は、それはそれは特別な日でした。

今年が今日で終わるという特別感が、そのまま新年を迎えるにあたっての気持ちの引き締めようとつながっていたのです。

ところが今は、目が回るように時が過ぎてゆき、季節が移ろいでゆき、気が付けばクリスマスも終わり大晦日です。

だんだん、月が変わるくらいの感覚になってしまいました。

そのせいで来年の抱負や意気込み、今年の振り返りを怠ったまま、新年を迎えてしまっています。

わたしは怠け者なので、わざわざ今月の目標や先月の振り返りをするようなことはしていません。

ですが、年が変わるくらいの時は、せめて今年の反省と来年の抱負をしなければならないとも思うのです。

せっかくブログを書いているのですから、まずは今年の振り返りからしていきましょうか。2020年の目標は、明日の元旦にでも書きたいと思います。

さて、今年の反省です。

本記事のタイトル、「how far can excuses go?」を正確に訳せる方はどのくらいいらっしゃいますでしょうか?

こちらは「言い訳はどこまで行くことが出来る?=言い訳はどこまで通用する?」という意味の文章です。まさしく、今年のわたしの反省そのものです。

わたしは言い訳の多い人間です。困難なことにぶちあたっては、もっともらしい言い訳をつけて逃げてきました。前出のブログで、「どんなことも長続きせず、途中放棄してしまう」と述べましたが、それもこの「言い訳主義」が手伝ってしまったものでした。

人はどうして言い訳してしまうのでしょう?

私の場合は、困難なことにぶち当たっては、それを達成できなかったという事実になるのが悔しくて、それらしい理由をつけ、達成することは不可能であると決定づけたのでした。

言い訳して数学の宿題をやってきませんでした。

言い訳して塾をサボりました。

言い訳して部活の朝練もサボりました。

言い訳して全部相手のせいにしました。

言い訳してブログを途中で投げ出しました。

ああ、何ということでしょう。わたしには途中で投げ出したものばかり。私が弱い証拠です。わたしが言い訳しないと生きていけないダメ人間だから、結果もそれなりのものが伴います。

ただでさえ逃げ癖のついているわたしに、格好の言い訳材料が2017年に出来てしまいました。

わたしが強迫性障害と言う精神病に罹ってしまったことです。

2018年が一番病状の重いときで、この時ばかりは人を蹴る・殴るなどの凶暴性、自分が一番正しいという横暴性、全部相手が悪いという他罰性が酷かったので、檻(保護室)に入れておかなければならないほど危険な状態でした。

保護室から出され、精神病棟を退院してからも、病気の弊害はわたしにつきまといました。

まず第一に、体力が極端に落ちていました。1kmもまともに歩けなかったのを覚えています。また、精神病になってからというもの、異常に眠く、夕方5時まで起きない日などザラにありました。

両親は病気のせいだからしょうがない、と言って慰めてくれます。わたしも、服用している薬のせいで余計に眠くなってしまうのだと思い込み、薬を言い訳にして昼まで寝こけるという自堕落な生活をしばらく送っていました。

二つ目の弊害は、他人と上手くコミュニケーションが取れなくなってしまったことです。

両親が言うには、わたしは脳の病気に罹ってしまったので、理性を司る脳の部分がマヒしているとのことでした。もともと他罰的であった自身の性格に、さらに凶暴性が加わり、手の付けられない状態になってしまったのです。例えば自分の思い通りにならなかったときに、デパートの中であってもブチ切れる、会社の先輩に叱られた際に怒鳴り返すなどです。

加えて、もともと傷つきやすかったのに拍車がかかり、ちょっとした相手の一言にも泣き出してしまうくらい、ガラスのハートになりました。もちろん、こんな精神状態では仕事は務まりません。泣いたり怒ったりしているうちに、すぐにクビになってしまいました。要は堪え性がないのです。すぐに感情を表に出してしまいます。

それでも両親は病気のせいだからしょうがない、と言って、根気強くわたしに付き合ってくれます。

確かに病気であることにあぐらをかく状態は楽です。幼児のようにわめいたり怒ったり泣いたりしても、また他人と上手くコミュニケーションが取れなくても、「病気であるから仕方がない」と言い訳して、社会性を持ち合わせていないことが許されてしまうからです。要は、我慢する必要がなくなるのです。我慢しなくてよいものほど、楽なことはありません。

しかし、世間の皆様は立派に務めを果たし、悔しくても怒りが湧いてきても我慢し、泣きたくなっても心で泣いて、顔で笑っています。

わたしは早く、立派な社会人になりたい。

もう病人だと言われたくない。

みんなと同じ土俵に立ちたい。

そのためには感情のコントロールをしなければなりません。2020年は病気であることを言い訳にせず、きちんとした社会人生活が送れるように善処したいです。退院して1年近くが経ちますし、そろそろ病人のレッテルを剥がしてもいい頃のはずです。少しずつでもリハビリする必要があると思います。来年はとりあえず言い訳するのではなく、まずは「やってみる」。トライアンドエラーを繰り返して再び立派な社会人となれるよう、訓練していきたいと思います。

皆様、2019年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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