diary

i am an ashamed woman.

わたしは恥ずかしい人間です。

小学校の頃から恥ずかしい人生を送ってきました。

毎年思うのです。

去年よりはマシな人間になれたかな、大学生の頃よりは社会人の方がマシになったかなと。

ところが実態は何の成長もしていないダメ人間なのです。

小学校から高校まではいいのです。恥ずかしくとも、範囲は学友までしか影響がありませんから。

問題は大学生の頃から始めた塾講師のバイトです。

わたしはそのころ私立難関校と言われる私立大学に受かったこともあって、そりゃあもう天狗状態でした。

わたしはこれだけ頑張った。世の中のことは全部私の方が正しい。努力しない奴はゴミだとさえ思っていました。

そんなだから、バイト先である学習塾での態度も非常に悪かったのです。

わたしは常に怒っていました。

勉強をしっかりやらない子供たちに。

時給外の仕事をさせる社員に。

バイトごときに正社員並みの態度を要求してくる教室長に。

わたしは恐らく、世渡り術が下手だったのです。

どうせ、社会はそんなもんだと思ってハイハイと、教室長に従っていれば良かったのです。表面だけ合わせておいて、裏で何アイツみたいな感じで笑っておけば良かったのです。裁きを下すのはわたしではないのです。

ですが、当時の私は相当許せなかったのでしょう。もう時給が発生していない時間まで私たちを拘束して、高話を垂れようとしている教室長にそれはそれは失礼な態度を取っていました。もちろん、教室長にはやんわりと諭されましたが、それでもわたしはボイコットをやめませんでした。サービス残業なんてごめんだと思っていたからです。

ところが大学の頃勤めていたこのアルバイト、時給外業務が当然のように毎日発生していたのです。のちに時給外勤務を強いられたと別の大学生が訴えたため、わたしのアルバイト先は一時期不正を働いたとしてテレビを賑わしました。

そう、裁きの鉄槌は私ではなく、「誰か」が下すものなのです。黙って傍観して、アルバイト先が社会的信用を失っていく様を見届ければ良かったのです。

このアルバイトでそれを学んだはずなのに、わたしは同じ過ちをまた繰り返すのでした。

新卒で入った企業で、わたしはあるとき新しく始動させるプロジェクトのアシスタントをするように会社から命じられました。

正直望んだ配属ではなかったため、わたしのモチベーションは低いままでした。

ところが、マネージャーは当時新入社員のわたしに無理難題をおしつけてきました。マネージャーからしたら、負荷をかけて成長させようという意図があったのかもしれませんが、とにかく業務量がわたしのキャパを超えていて、余裕を失った私は、こんなに対応しきれませんとマネージャーに怒鳴り散らしたのでした。当然マネージャーからは反発が返ってきてしまい、怒鳴られ丸め込まれました。それでも、新入社員だったわたしに指導らしい指導や教育をすることもなく、ただ仕事を押し付けるだけの上司に殺意が湧いたものでした。

同じ会社内で、また異動がありましたが、次の上司にも恵まれませんでした。次の上司は無断遅刻、無断欠席の常習犯、お菓子を食べながら作業するため、スーツはお菓子の粉で汚れ、椅子にはパンくずが落ちており、たばこと甘すぎるカフェオレのせいで、口臭がとんでもないことになっていました。次の上司はとにかく仕事をせずに、大口開けて居眠りばかりしていたので、一緒に仕事をしているわたしの業務が一切捗りませんでした。この時も、わたしは「さようですか」とただ傍観して、「役立たずの上司を持ってしまった可哀そうな女の子」を演じていればよかったのです。ですが、当時の私は眠りこけ、給料泥棒をしている上司が許せなかったのでしょう、怒鳴りつけ、仕事の完成度の低さを責め続けました。

あとで知ったことなのですが、この上司、度重なる居眠りや無断欠勤、無断遅刻が災いし、ボーナス全額カットになったのでした。そう、裁きを下すのはいつだってわたしではないのです。他人なのです。嫌われ役は誰かがかぶってくれるものなのです。

結局、強迫性障害になってしまったため、わたしは新卒で入った企業を3年半で退職しました。その後はしばらく治療に専念していましたが、わたしは再び、アルバイトとして別会社に就職したのでした。

これだけ大学生の時のバイトや前の企業で痛い目を見ているのだから、さすがに学習しただろうと思っていました。しかし、病気した部分が脳(精神神経科の病気に罹った)こともあって、思っていたより病気後、自分の感情が上手くコントロールできなくなっていることに気づきました。感情を上手くコントロールできないわたしは、職場で怒られたこと、責められたことに対して受け流すことが出来ず、逆に相手を責め始めました。言われたら言い返す、の臨戦態勢で仕事に臨んでいたわけです。もちろん、職場の人と上手く人間関係を築くことはできませんでした。それどころか疎まれ、クビになりました。

この通り、わたしは四半世紀生きてきて、まったく改善されないダメ人間なのです。何故学習しないのだろうかと自分でも不思議に思います。本日の朝はこの苦々しい思い出たちが急に走馬灯のように脳内を駆け巡っていきましたので、改めてわたしは「あ~あ恥ずかしい人間だなあ」と認識した次第です。

きっとわたしは、他人を許すことが下手なんだと思います。人間は誰だって不完全。そしてその人間たちが作り出す社会も不完全。ですからこの世は不条理があって当然なのだと鷹揚にして構えていれば良いのです。そうすればコミュニケーションをとる相手に至らないところがあっても許せてしまいます。そして自分が制裁してやると思わないことも併せて大事だと思います。自分が裁きを下さずとも、裁かれる奴は勝手に裁かれます。まずは自分の手で環境の方を変えてやろうですとか、この人の性根を叩きなおしてやろうと思わないことが、ひいては自分が楽になる唯一の道だと思います。次、もしまた別の職場に就職する機会がありましたら、上記のことに気をつけ、皆さんと円満にコミュニケーションが取れるようにしたいです。そして、「恥ずかしい自分」を卒業出来たらと思います。

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